●著者紹介
ジョレス・A・メドヴェーヂェフ(Zhores A. Medvedev)
1925年,グルジアのトビリシで生まれる。父アレクサンドルはロシア人の哲学者・歴史学者で赤軍大学教授。1938年に逮捕・粛清され,1940年にマガダンの強制収容所で獄死。母ユリアはユダヤ人のチェロ奏者で,チェロの世界第一人者ロストロポービッチは彼女の演奏仲間。歴史学者・教育学者であり,現ロシア下院議長ルイプキンを出している農業党の副党首でもあるロイ・メドヴェーヂェフは著者の双子の弟。二人の共著も数冊を数える。
1943年に17歳で徴兵。ドイツ軍の銃撃で負傷。療養後,1944年にモスクワのチミリアーゼフ農科大学に進み,そこで農学士と植物生理学博士の学位を取得。1946年から当時「遺伝学論争」におけるルイセンコ反対派の牙城であった同大学で学究生活に入る。1962年に「論争」について書いた原稿の廉で農科大学を追われる。以後,オプニンスクの放射線医療研究所,カルーガ地方ポロフスクの家畜生理学・生化学研究所で発達・老化・タンパク等の研究に従事。その間,ノーベル賞作家ソルジェニーツィンの擁護を含む,たゆまぬ反体制地下出版活動に業を煮やした権力側によって精神病院に監禁されたこともある。
1973年に英国研究出張中にソ連邦市民権を剥奪され,以後,英国医学研究所に迎えられる。1991年定年退職。現在,市民権回復後もロンドンを拠点に活動を継続中。在米ロシア人日刊紙「ノーヴォエ・ルースコエ・スローヴァ」や「日本経済新聞」などの寄稿者。
ジョレスのロシア語あるいは英語の原著のほとんどは,『ルイセンコ学説の興亡』(河出書房新社,1971年),『ソビエト科学と自由』(タイム・ライフ社,1972年),『ソルジェニーツィンの闘い』(新潮社,1974年),『ソ連における科学と政治』(みすず書房,1980年),『ウラルの核惨事』(技術と人間,1982年),『アンドロポフ』(毎日新聞社,1983年),『ゴルバチョフ』(毎日新聞社,1987年),『チェルノプイリの遺産』(みすず書房,1992年)のように邦訳が出されており,弟ロイとの共著も『告発する!狂人は誰か』(三一書房,1977年),『フルシチョフ権カの時代』(御茶の水書房,1980年)などのように紹介されている。ジョレスの代表的著作で邦訳のないものは,Protein Biosynthesis and Problems of Heredity, Development and Ageing(Edinburgh & N. Y., 1966)とMolecular-Genetic Mechanism of Development(N.Y., 1970)の生物学の学術専門書の2点のみである。その意味では唯一残っていた本書の訳業をもって,ジョレス・メドヴェーヂェフが内外の一般読者を対象とした全著作に日本語版が出そろったことになる。