呉人 惠著
コリャーク言語民族誌
ISBN978-4-8329-6707-6/2009.2.28・A5判・上製・398頁・定価7,980円(本体7,600円+税5%)
本書は,北アジアに分布する古アジア諸語のうち,シベリア北東端のチュコトカ半島からカムチャツカ半島にかけて話されているチュクチ・カムチャツカ語族のひとつ,コリャーク語を対象としている。著者はこれまで十数年にわたりロシア連邦マガダン州のコリャーク族のトナカイ遊牧キャンプにおいて,コリャーク語の現地調査をおこなってきた。コリャーク語は話者数4,000人足らずの危機言語であるが,その言語構造のみならず,言語とその背景にある文化との関係についても十分に知られていない。したがって調査では,コリャーク語の音韻,形態,統語論的掘り起しをおこなうとともに,民俗語彙の収集と分析を通した言語人類学的考察もおこなってきた。
本書は,このうち後者,すなわち,コリャークの彼らをとりまく多様な環境の範疇化と,これに対する適応活動に現れた特色を民俗語彙の分析をとおして言語的側面から炙り出し,言語人類学的成果として纏め上げたものである。具体的には,コリャーク語に投影されているトナカイ遊牧民コリャークを取り巻く自然環境とこれに適応対処するための生業活動,さらには衣食住にかかわる活動,ならびに,自然的・社会的・超自然的な環境である人の誕生と死をめぐる伝統的習慣に焦点を絞った言語人類学的記述を試みている。
まず第1章では,コリャーク語という言語そのものの輪郭を描く。系統,方言分類,言語保持状況に加え,音韻,形態,統語にかかわるコリャーク語の構造的特徴について略述し,コリャーク語とはどのような言語なのかを概観する。
第2章では,対象地域の自然環境をはじめとする地理的概観をおこなう。
本書の骨子部分である第3〜6章では,時空間,トナカイ遊牧・漁労・狩猟・植物採集などの生業活動,衣食住,人の誕生と死などをめぐる範疇化のありようを,主に民俗語彙の分析を通じて描いていく。このうち,第3章「時空間の範疇化」,第4章の「生業活動の範疇化」,第5章の「衣食住の範疇化」では,いわば自然環境に対する認識と適応対処のありようが考察される。一方,第6章「誕生と死の範疇化」では,自然的かつ生物学的営みであると同時に,ある集団のなかに産み落とされ,そこから去って行くという意味では社会的であり,また,霊魂,あの世などの観念と結びついているという意味では超自然的でもある人の誕生と死に対する認識と適応対処のありようが考察される。
以上のような構成は,文化を環境と人間活動が相互に制限しあって織りなすネットワークと捉える生態人類学,文化を当の集団が環境を認識し,秩序づけ,解釈する固有の分類システムであるとする認識人類学の立場に依拠している。自然環境,社会環境,超自然環境と人間活動が織りなすネットワークのなかで,人はこれらの環境を固有なしかたで認識するとともに,その認識にもとづき適応対処をはかっていく。そのような人の営みにおいて言語は環境を認識し整理する,すなわち,範疇化する働きを果たしていると捉えることが,本書の理論的立場である。
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